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豊島簡易裁判所 昭和51年(ハ)654号 判決

原告 松本寛治

右訴訟代理人弁護士 倉田靖平

右同 小森泰次郎

右同 高橋直治

被告 市川肇

右訴訟代理人弁護士 美村貞夫

右同 高橋民二郎

右同 土橋頼光

主文

一  被告は、原告に対し、別紙第二物件目録(一)記載の工作物に取り付けてある右同目録(二)記載の下段の塩化ビニール製乳白色不透明の波板部分および上段の塩化ビニール製乳白色不透明の波板部分のうち、hからh'に至るL字形鋼材による横枠を中心とし、右横枠から下方〇・四五メートル、上方〇・四五メートルを除くその余の上段の右波板部分ならびに下段の波板部分を撤去せよ。

二  原告の主位的請求および予備的請求のうちその余の部分を、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を被告の負担とし、その一を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告は、原告に対し、別紙第二物件目録(一)記載の工作物に取り付けてある同目録(二)記載の各塩化ビニール製波板を撤去せよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言。

(予備的請求)

1 被告は、原告に対し、別紙第二物件目録(一)記載の工作物に取り付けられた同目録(三)記載の各塩化ビニール製波板部分を撤去せよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、別紙第一物件目録(一)記載の土地を賃借し(以下「原告賃借地」という。)、同地上に右同目録(二)記載の建物(以下「原告共同住宅」という。)を所有し、右共同住宅の一、二階の各室をそれぞれ賃貸している。

被告は、右原告賃借地の東側に隣接して別紙第一物件目録(三)記載の土地を所有し(以下「被告所有地」という。)、同地上に被告方の居宅(以下「被告居宅」という。)を所有している。

2  原告賃借地と被告所有地との境界線上には、従来から高さ一・八メートル、長さ一二・一三メートルのコンクリート塀が構築されてしょう壁になっている。

そして、原告共同住宅は、右コンクリート塀から西側へ約三〇センチメートル位離れて、昭和二九年三月頃に建築されたものである。

3(一)  ところで、被告は、昭和四三年春頃、前記コンクリート塀の上部に更らに別紙第二物件目録(一)記載のとおりの工作物を構築したうえ、右工作物にスレート製波板を取り付けるに至った。

(一) このため、原告共同住宅のうち東側に面する一、二階の各部屋は、日照および通風が全く遮断される状態を生じたので、原告は、被告を相手方として昭和四九年九月一日、右工作物撤去の調停を豊島簡易裁判所に申し立てたが、この調停は不成立となった。

(三) その後、被告は、右工作物に取り付けてあったスレート製波板を取りはずして、これに代わり別紙第二物件目録(二)記載のとおり乳白色不透明の塩化ビニール製波板張りおよび一部金網張り(以下「本件遮蔽物」という。)に変更し、現在、右遮蔽物が存在している。

4  本件遮蔽物が存在することにより、原告共同住宅の東側に面する一、二階の各部屋は、日照および通風が阻害され、とくに二階の東側に面する四部屋は布団の日干しをすることが全く出来ない状態である。

また、右二階の東側に面する四部屋のうち中間に位置する二部屋については、東向きの窓が一か所ずつしかない部屋であるから、午前中ですら電灯をつけないと読書も出来ないような状態である。

しかも、通風も悪く、窓を開けても右遮蔽物によって眼前が遮蔽されているので観望もできず、右各部屋の賃借人らの快適な生活を侵害している。

これらのため、原告共同住宅の東側に面する各部屋を出てゆく賃借人が多くなり、その後の借り手も少なく、原告としては財産上の損害を蒙っている。

5  被告が本件遮蔽物を構築したことにより、原告共同住宅の居住者に対してその日照および通風を阻害し、健康上の障碍となることが明らかであるばかりでなく、原告共同住宅のある地域は、個人住宅と共同住宅等が密集している地域であって、多少のプライバシーの侵害は互いに我慢し合わなければ居住することが出来ないところである。

そして、当該地域のどこを見ても、本件遮蔽物のようなものが構築されているところはなく、被告方居宅は、原告共同住宅から五メートル以上も離れており、原告共同住宅の二階の居住者において被告方居宅がのぞき見えるとしても、被告方居宅のうち八畳間に続く廊下部分が見えるにすぎず、これも、現在のように冷暖房設備が完備されている被告方では、一年を通して部屋を閉めており、外気の入替えと掃除のとき位にしか見えない程度である。

したがって、これらのことは、密集した住宅地域内における相隣関係上互いに受忍しなければならない範囲内のことであり、本件遮蔽物のように完全な目隠しをする必要性はないものである。

6  よって、原告は、被告に対し、主位的には、別紙第二物件目録(一)記載の工作物のうち右同目録(二)記載のとおりの遮蔽物の撤去を求め、予備的には、別紙第二物件目録(一)記載の工作物のうち右同目録(三)記載のとおりの遮蔽部分の撤去を求めるものである。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  右同2のうち、原告賃借地と被告所有地との境界線上に原告主張のとおりのコンクリート塀が構築されてしょう壁となっていること、および原告共同住宅が右塀から西方へ三〇センチメートル離れた位置に建っていることは認めるが、その余の事実は知らない。

3  右同3の(一)の事実は認める。同3の(二)のうち、原告からその主張のとおりの調停の申し立てがあり、調停が不調となったことは認めるが、その余の事実は否認する。

同3の(三)の事実は認める。

4  右同4の事実は否認し、同5の事実は争う。

三  被告の主張

1  (原告共同住宅の日照について)

(一) 日照が問題となるのは、専ら冬期においてであるが、原告が主張する各部屋は本件遮蔽物の西側にあるものであり、冬期の日照は南太陽が問題なのであるから、本件遮蔽物は、原告共同住宅の各部屋に直接関係がない。

(二) 原告は、原告共同住宅を被告所有地との境界線から僅か三〇センチメートルしか離していないのである。したがって、原告共同住宅は、民法二三四条に違反し、自ら被告土地に接近して建てられたものである。

もし、境界線から五〇センチメートル以上の距離を離しておれば、現位置から二倍近い距離が離れることになり、日照・通風は格段と良くなる筈である。

原告は、このように自らの違反を棚に上げて、本件遮蔽物の構築を非難するが、これは信義誠実の原則に反し許されないものである。

(三) 原告共同住宅はその構造上に問題が内在している。すなわち、原告共同住宅は、真中に廊下をとって東側と西側に二分する部屋割をしているが、これは最も単純で、かつ、日照・通風等に全く配慮しない建築である。

かりに右のような構造であったとしても、原告共同住宅のうち東側に面する四部屋を、二間続きの二部屋に改造することによって、日照・通風の問題は簡単に解決されることになる。

原告は、自ら日照・通風を確保する努力を怠り、その原因を本件遮蔽物に転嫁することは許されないというべきである。

2  (本件遮蔽物の必要性について)

(一) 原告所有の建物が、原告の自宅ではなく、共同住宅であるという点に留意すべきである。個人住宅であるならばともかく、共同住宅はその居住者が入れ替わり、とくに原告共同住宅は古い木造であるため一年位で入居者が変るのである。

このような一時的入居者は、他人の迷惑など考慮することもなく、不遠慮に興味本位で被告所有地および居住をのぞき込むのである。現に、被告所有地内の庭掃除をしていた若い女の子に対し、口笛を吹いたり、卑猥な言葉をなげかけたりして、被告方のお手伝さんも嫌になって何人も替わったため、被告は、原告共同住宅の管理人に対して注意をしたが、入居者が変るたびに同じことの繰り返しであり、右管理人に対し、原告共同住宅に目隠しの設置を申し入れたところ、「自分でやったらいいでしょう。」といってとり合わないので、被告は、やむを得ず、本件遮蔽物を構築したのである。

したがって、原告が原告共同住宅を共同住宅として使用する限り、本件遮蔽物は被告の生活上必要不可欠のものである。

さもなくば、被告ら家族のプライバシーは、共同住宅の住人の興味の犠牲となってしまうからである。

(二) 更らに、原告共同住宅は、部屋が狭く一部屋であるため、過去には、独身の男性でしかも経済的にゆとりのない者が多く、社会生活上のマナーも心得ないため、無神経に罐詰の空罐やタバコの吸いがらを被告所有地内に投げ込むため、何度か枯落葉に火がついて火災になりかけた程である。

金網だけでは、タバコの小さな吸がらは防げないのである。

3  かりに本件遮蔽物が全面に亘って必要ではないとしても、少なくとも、原告共同住宅のうち二階東側に面する各部屋の各東窓の大きさに相当する部分の遮蔽は、被告にとって必要不可欠のものである。

第三証拠《省略》

理由

一  コンクリート塀および本件遮蔽物の存在などについて

1  請求の原因1の事実は、当事者間に争いがない。

2  右同2のうち、原告賃借地と被告所有地との境界上に、従前から高さ一・八メートル、長さ一二・一三メートルのコンクリート塀が構築されていて、右両土地のしょう壁になっていること、原告共同住宅は、右コンクリート塀から西側へ約三〇センチメートル離れて建築されていることは、いずれも当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》によれば、右原告共同住宅は昭和二九年三月頃に建築されたものであることが認められる。

3  請求の原因3の(一)の事実は、当事者間に争いがない。

右同3の(二)のうち、昭和四九年九月一日、原告から被告を相手方として工作物撤去の調停を豊島簡易裁判所に申し立て、右調停が不調となったことは、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、昭和四三年頃、被告が、前示コンクリート塀の上に、さらに別紙第二物件目録(一)記載のとおりの工作物を構築し、右工作物にスレート製波板を取り付けて遮蔽したため、原告共同住宅のうち東側に面する一、二階の各部屋は採光が妨げられて、昼間でも電灯をつけなければ暗く、また風通しが悪くなったことなど日照・通風が阻害される状態を生じ、居住者からの苦情もあり、原告は右日照・通風の阻害を理由に前示調停の申し立てをしたことが認められる。

右同3の(三)の事実は、当事者間に争いがない。

二  コンクリート塀および本件遮蔽物が原告共同住宅に及ぼす影響について

1  《証拠省略》を総合すると、つぎの事実を認めることができる。

(一)  コンクリート塀および本件遮蔽物の状況

コンクリート塀は、別紙第一図および第三図に各示すとおり高さ一・八メートル、長さ一二・一三メートル、幅〇・一二メートルのものである。

本件遮蔽物は、別紙第一図および第三図に各示すとおり右コンクリート塀の上に、さらに高さ三・二五メートル、長さ九・一メートルで、上下六本のL字形鋼材の横枠と、左右六本のL字形鋼材の縦枠とによって組成される工作物が構築されている。そして、右の工作物には、コンクリート塀に接する箇所から上部へ高さ〇・八四メートル、長さ九・一メートルで塩化ビニール製乳白色不透明の波板が取り付けられ(以下、これを「下段の波板部分」という。)、また、その上部に高さ〇・六四メートル、長さ九・一メートルで金網(網目は約一センチメートルのもの)が取り付けられ(以下、これを「中段の金網部分」という。)、さらに、その上部に高さ一・七七メートル、長さ九・一メートルで塩化ビニール製乳白色不透明の波板が取り付けられ(以下、これを「上段の波板部分」という。)、右下段の波板部分、中段の金網部分、上段の波板部分によって本件遮蔽物を組成している。

(二)  原告共同住宅の状況

原告共同住宅は、木造瓦葺総二階建の共同住宅一棟で、西向きに建てられた建物である。

間取り等は別紙第二図に示すとおりであるが、一階は、東側に八畳の和室、六畳相当の台所、六畳の和室、西側に六畳の和室、四畳半の和室の計五室に仕切られ、右八畳と台所は管理人が使用し、他の部屋はいずれも賃貸用になっている。二階は、中央に廊下が設けられ、右廊下の東側に六畳の和室、四畳半の和室三室、西側に四畳半の和室三室の合計七室に仕切られていて、いずれも賃貸用になっている。

(三)  コンクリート塀および本件遮蔽物と原告共同住宅との位置関係

原告共同住宅は、前示コンクリート塀および本件遮蔽物の西側に位置し、別紙第二図および第三図に各示すとおり一階の土台・壁面からコンクリート塀までは、東南端部分で〇・六一メートル、東北端部分で〇・三五メートル、台所の東側出窓部分で〇・二七メートルの距離に建っている。

また、二階の東側に面する各部屋に設けられている東側窓から本件遮蔽物までは、最短で〇・五七メートル、最長で〇・六メートルの間隔である。

(四)  コンクリート塀および本件遮蔽物が原告共同住宅に及ぼす影響

(1) 前示原告共同住宅の位置および間取等の状況からして、コンクリート塀および本件遮蔽物が原告共同住宅に及ぼす影響があるとすれば、原告共同住宅のうち一、二階を通じて東側に面する各部屋との関係であることが明らかであり、西側に面する各部屋は、コンクリート塀および本件遮蔽物の存在とは無関係である。

そこで、原告共同住宅のうち一、二階の東側に面する各部屋との関係を以下にみることとする。

(2) 一階の八畳和室は、東側は床の間と押入れになっていて、南側に窓が設けられている。したがって、コンクリート塀および本件遮蔽物の存在による影響は、直接関係がない。

(3) 一階の台所は、東側に面する部分に高さ一・四メートルの位置で一箇所だけ出窓が設けられており、南側は内壁および仕切戸、北側は内壁となっている。

出窓は、縦〇・七八メートル、横二・五九メートルで四枚左右開きの素通しガラスのものである。

コンクリート塀は、右ガラス窓のほぼ半分位の高さ〇・三八メートルにまで達しており、さらに本件遮蔽物のうち下段の波板部分がある関係で、右出窓を完全に遮蔽する状況となっている。このため、台所には、二〇ワットの螢光灯一基が取り付けられているが、点灯しない状態では、検証時(天候薄曇り、午後一時五〇分現在)、出窓から三メートル離れた位置において、本件訴状に印書されている邦文タイプライター明朝活字四号による文字の判読が肉眼(視力一・二)では困難な状況であった。

そして、右出窓のガラス戸を開放した場合でも、右とほぼ同様の状況であり、螢光灯を点灯すれば、右の文字の判読は可能であるが、なお薄暗い状況であった。

(4) 一階の東側に面する四畳半の和室は、検証時、とくに立入らなかったので、影響は不明である。

(5) 二階の東側に面する部分は、南端に六畳の和室があり、右六畳に並んで北へ順次四畳半の和室三室が設けられているので、右六畳の和室を一号室と呼称され、以下は、順次二、三、四号室になっている。

一号室は、東側と南側にそれぞれ窓が設けられており、二、三号室は、いずれも東側に窓が一箇所あるだけで、南側と北側の両面は内壁で仕切られている。四号室は、東側と北側にそれぞれ窓が設けられている。そして、右各部屋の窓には、いずれも目隠しは附置されていない。

各部屋の東側窓は、いずれも畳表面上から高さ〇・五メートルの位置で、横一・六七メートル、縦一・三メートルの左右二枚開き素通しのガラス窓になっている。

一号室の東側窓から本件遮蔽物のうち上段の波板部分までの距離は〇・五七メートル、二号室から四号室の各東側窓から右上段の波板部分までの距離はいずれも〇・六メートルである。

このため、前記のとおり一号室から四号室までの東側窓には目隠しが附置されていないが、右上段の波板部分によって遮蔽する状況で目隠しになっている。

(6) 一号室は、南側にも窓が設けられているので、検証時(天候薄曇り、午後二時現在)、室内は比較的明るく、室内のどの位置においても、ガラス窓を開放、閉鎖した場合または電灯の照明の有無にかかわらず、前示訴状の文字の判読が肉眼(視力一・二)で可能である。

二号室、三号室では、検証時(天候薄曇り、午後二時一五分から二時三〇分まで現在)、窓を閉め、窓から〇・三ないし〇・五メートルに接近した位置では、前示訴状の文字を肉眼(視力一・二)で判読することができるが、窓から二メートル離れた位置では右文字の判読がし難い状況である。そして、いずれも室内は薄暗く、三号室は、二号室に比べるとやや暗い状況である。

窓を開放した場合でも、ほぼ右と同様の状況である。

2  《証拠省略》を総合すると、つぎの事実を認めることができる。

(一)  原告共同住宅のうち、一階の八畳半と台所は管理人の部屋に充てられ、浜本クニエが居住していること。他の一、二階の各部屋は、いずれも賃貸用に充てられ、現在いずれも賃貸中であること。居住者は、男女とも独身者であり、男性は、タクシーの運転者、劇場のマネジャー、勤め人が多く、女性は、学生または勤め人であること。

(二)  本件遮蔽物が存在するため、一階の台所は、一年を通じて日中でも薄暗く、電灯を点灯しないと炊事仕事が出来ないし、風通しが悪いこと。二階の東側に面する各部屋のうち、とくに二号室と三号室については、一年を通じて日中でも薄暗く、風通しも悪いので、居住者の入れ替りが早く、長い人でも二年足らず、早い人は半年位で転居する状態であるが、その代わりの入居者がなかなか入らないこと。二号室と三号室については、他の部屋より二、〇〇〇円から三、〇〇〇円位家賃を安くしていること。

三  原告共同住宅と被告所有地および被告居宅との相互関係について

1  《証拠省略》を総合すると、つぎの事実を認めることができる。

(一)  被告所有地は、原告賃借地の東側に隣接する土地であり、その境界上に前示のとおりコンクリート塀が構築されていて、右両土地のしょう壁になっている。

そして、被告所有地内には、右コンクリート塀の東側に沿って別紙第二図および第三図に示すとおり〇・三六メートルないし〇・七七メートルの位置に合計一二本の常緑樹が植えられており、その間隔は一メートルから一・五メートルである。右常緑樹は、地上から一・五メートルの箇所で直径一一センチメートルから一八センチメートルあり、高さはいずれも原告共同住宅二階の屋根に達する程度で、目測で地上から約五・五メートルあり、その枝葉はよく繁茂していて、程よい遮蔽の役割を果している。

そして、右樹木の東側に別紙第二図に示すとおりの形状の池が造られ、鯉などが飼育されている。この池は、原告共同住宅の二階東側に面する一号室から三号室に対面するような位置に造られてある。

(二)  被告居宅は、右の樹木および池を距てて東方に建てられている木造瓦葺一部二階建一棟の住居である。

そして、被告居宅のうち西側に面する六畳相当の洋間と八畳の和室、これに続く板廊下の部分が、原告共同住宅の一、二階東側に面する各部屋と対面する状況になっており、板廊下の西側縁束からコンクリート塀までの距離は五・四メートルである。

板廊下は、長さ三メートル、幅一・二メートルで、西側に左右四枚開き素通しのガラス戸および欄間部分も素通しのガラス高窓になっている。そして、廊下の東側奥に八畳の和室があり、廊下と八畳間の仕切り部分には四枚開きの障子が設けられている。

洋間の西側は高出窓になって、二枚開きのガラス窓である。

(三)  原告共同住宅から被告所有地および被告居宅を眺望した場合、一階東側に面する台所または六畳の和室の窓からは、前示コンクリート塀および樹木が存在している関係で、被告所有地内および被告居宅内をのぞき見ることができない。まして、本件遮蔽物が存在しているため、全くのぞき見ることは不可能な状態である。

二階の東側に面する一号室から四号室の東側窓からは、前示コンクリート塀だけでは目隠しの用を果さず、また、樹木の枝葉の間隙から被告所有地内および被告居宅の西側廊下のガラス戸越しに八畳の和室内が俯瞰できる状況であり、廊下と八畳との仕切り部分にある障子が開放されていた場合には、右八畳内をのぞき見ることができる。洋間については、窓が開放されていた場合には、のぞき見ることができるが、その範囲はごく僅かである。

しかし、コンクリート塀の上に本件遮蔽物が存在するため、被告所有地および被告居宅内をのぞき見ることは不可能となっている。

また、二階の東側に面する一号室から四号室の東側窓から、仮りに物を投げ捨てるような事態があった場合でも、本件遮蔽物のうち上段の波板部分および中段の金網部分でこれを防止する状況になっている。

四  原告共同住宅および被告居宅附近の地域的環境について

《証拠省略》を総合すると、つぎの事実を認めることができる。

(一)  原告共同住宅および被告居宅は、西武池袋線椎名町駅の北方約三〇〇メートルに位置し、椎名町駅前に続く商店街に近接し、附近は普通住宅および共同住宅が建ち並ぶ住宅密集地域であること。

(二)  被告居宅は、附近では広大な敷地をもった邸宅であるが、原告共同住宅は普通の住家で、その近隣には同様の普通住家が密接している。

(三)  附近には、二階建以上の中・高層建物は存在しておらず、近隣住家間のしょう壁として、高さ一・八メートルを越える塀その他の工作物が構築されている状況は見当らない。

五  被告が本件遮蔽物を設けるに至った経緯について

《証拠省略》を総合すると、つぎの事実を認めることができる。

(一)  被告は、昭和二〇年頃、被告所有地内に被告居宅を建築し居住するようになったが、その当時、西側隣地との境界上にコンクリート塀を構築してしょう壁とした。

(二)  昭和二九年頃、西側の隣地に該る原告賃借地上に原告共同住宅が、右コンクリート塀に近接して建築された。

原告共同住宅のうち東側に面する一、二階、ことに二階の東側窓には目隠しが附置されていなかったので、二階の部屋を賃借した住人達が、被告所有地内に向ってゴミやビールの空罐などを投げ込んだり、たばこの吸殻を投げ捨てることがあったこと。

また、被告所有地内の庭掃除をしている被告方のお手伝いの女性や被告の娘に対し、からかい半分の野卑な声をかけたりしたこともあった。

(三)  そこで、被告方では、原告共同住宅の管理人に対し、再三、右の事柄について住人に注意をするように申し入れるとともに、二階の東側窓に目隠しを附置するように申し入れたがその効果がなく、警察官にも話をしたが、アパートの住人にはよくない人がいるから注意をするよう忠告を受けたこともあった。

このようなことから、のぞき見を防止すると同時に、たばこの吸殻の投げ捨てによる万一の場合の火災予防上、昭和四三年頃、被告において、コンクリート塀の上に、さらに別紙第二物件目録(一)記載のとおりの工作物を構築し、その工作物にスレート製波板を取り付けて、これによって原告共同住宅の東側に面する一、二階の窓に対して目隠しの役割を果させることとした。

(四)  ところが、昭和四九年九月頃に原告から右工作物の撤去を求める調停の申し立てがあり、調停の席上、被告は、スレート製波板部分は撤去するが、これに代えて一部は塩化ビニール製乳白色不透明の波板張りにし、他は金網張りとするという譲歩案を示したが、原告は、あくまで右工作物全部の撤去を主張して譲らなかったため、調停は不調となった。

そして、右調停不調になった後、被告は、前記スレート製波板部分を撤去し、これに代えて本件遮蔽物を取り付けたこと。

六  前示一から五で各認定したとおり、コンクリート塀および本件遮蔽物の存在と、これによる原告共同住宅に及ぼす影響、原告共同住宅と被告所有地および被告居宅との相互関係、その附近の地域的環境等を総合して考察すると、もともと、原告共同住宅は、住宅密集地域内において西向きに建てられ、その南側および北側の隣家とも近接しているところ、原告共同住宅東側の土台・壁面または出窓部分からコンクリート塀までは、最長で〇・六一メートル、最短で〇・二七メートルの位置に建っている関係上、日照や通風のよい環境条件とはいえないものである。

そして、コンクリート塀の存在によって日照・通風につき影響を受けたとしても、原告共同住宅のうち東側に面する台所の部分についてだけであるが、台所の出窓の高さが地上から二・二メートルであるのに対し、コンクリート塀の高さは一・八メートルであるから、日照・通風阻害の影響は少なく、また、コンクリート塀が構築されている後に、原告共同住宅が建築されたものであることを考慮すれば、コンクリート塀の存在による日照・通風の阻害があったとしても、相隣関係上、原告において受忍すべき限度内のものであると認めるのが相当である。

ところが、昭和四三年に至り、右コンクリート塀の上部に、さらに別紙第二物件目録(一)記載のとおりの高さ三・二五メートル、長さ九・一メートルに及ぶL字形鋼材によって組成される工作物が構築され、昭和四九年九月以降から現在に至るまで、右工作物に本件遮蔽物が取り付けられており、本件遮蔽物のうち下段の波板部分が原告共同住宅一階の東側に面する台所の出窓部分を完全に遮蔽し、そのため台所は一年を通じて日照・通風を全く阻害している。また、本件遮蔽物のうち上段の波板部分が原告共同住宅二階の東側に面する一号室から四号室までの各東側窓を完全に遮蔽し、このため、一年を通じて日照・通風を全く阻害し、とくに二号室および三号室においてその影響が著しいことを認めることができる。

したがって、被告が構築した工作物に取り付けられている本件遮蔽物は、現実に、原告共同住宅の一、二階東側に面する各部屋の東側窓からの採光・通風を阻害している状態を惹起し、これにより相隣関係にある原告共同住宅に対する原告の所有権を侵害していると認めるのが相当である。

しかも、コンクリート塀および本件遮蔽物を合せると地上からの高さ五・〇五メートルに及ぶしょう壁を必要とする理由は乏しく、相隣関係上、原告において本件遮蔽物による日照・通風の阻害を受忍すべき限度を著しく越えるものであると認めざるを得ない。

他方、原告は、原告共同住宅を建築した当時、原告共同住宅のうち二階の東側に面する一号室から四号室までの東側窓に目隠しを附置しておらず、被告からの申し入れがあった後も、右目隠しを附置しなかった。

もしも、本件遮蔽物が取り付けられていないとすれば、被告所有地内および被告居宅内を俯瞰してのぞき見できる状況であるから、民法二三五条の規定に基づき、原告は、二階の東側に面する一号室から四号室の各東側窓にそれぞれ目隠しを附置すべき義務があると認めるのが相当であり、原告の右目隠し附置義務を免除する形で、本件遮蔽物の全面的な撤去を許容することは、相隣関係上の衡平を失する結果となるので、これを認めることができない。

そこで、原告が被告に対し、本件遮蔽物のうち撤去を求め得る範囲は、原告共同住宅のうち二階東側に面する一号室から四号室の各東側窓に対面して、通常、目隠しとして存置しておくことが必要とされる部分を除くその余の部分に限られると認めるのが相当である。

したがって、通常、目隠しとして存置しておくことが必要とされる部分は、別紙第一図に示す上段の波板部分のうちhからh'に至るL字形鋼材の横枠を中心とし、下方は一号室から四号室にかけての東側窓枠の下端に対面する〇・四五メートルまで、上方は右東側窓枠の上端に向って〇・四五メートルまでを存置すれば、被告所有地内および被告居宅内をのぞき見ることができないから、十分にその目的を達しうるものであると認められる。

以上の認定に反する限度において、原告の主張は理由がなく、また、本件遮蔽物による日照・通風の阻害ならびに本件遮蔽物の必要性などに関する被告の主張も理由がない。

七  結論

よって、原告の本訴請求のうち、主位的請求は、その理由がないから棄却するが、予備的請求は、別紙第二物件目録(一)記載の工作物に取り付けられた別紙第一図表示の上段の波板部分のうち、hからh'に至るL字形鋼材の横枠を中心とし、下方へ〇・四五メートル、上方へ〇・四五メートルまでの部分を除くその余の部分ならびに下段の波板部分につき撤去を求める限度では理由があるのでこれを認容し、その余の部分は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川上喬市)

〈以下省略〉

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